トサノクロムヨウラン (ラン科ムヨウラン属)【土佐の黒無葉蘭】
(Lecanorchis nigricans var. patipetala)
「ムヨウラン」の仲間は、その名の通り葉をもたず土壌中の菌類から栄養を得て生きている「菌従属栄養植物」です。
光合成をしないので日光を求める必要がなく、他の植物が生育しにくい照葉樹の林床など薄暗いところで生きてゆくことができます。
「タシロラン」などもそうですし、ラン以外でもポピュラーな「ギンリョウソウ」などが同様の生き方をしていますね。
このランは里山の下草の貧弱な薄暗い林下で黒い針金のような細い茎を立てて生え、枯れ枝のようでおよそ目立たないのですが、開花した花は薄い黄褐色の側弁と萼片が5枚放射状に展開し、その中心に蕊柱と合体した白い唇弁が突き出します。
白い唇弁や蕊柱はときにごく淡い紫やピンクを帯びて、深いスプーン型の唇弁の先端だけが紫色に染まっています。
薄暗い林内にあって、この唇弁がまるで蛍光を発するかのように浮き上がり蠱惑的な美しさがあります。
この花は天候や気象によっては開かないで落ちてしまうこともあり、開くときも半日ほどの間の儚い命のようです。
光量の足りない林の中で真夏の蒸し暑さと藪蚊に耐えながら、2cmほどの花の写真を撮るのはなかなかたいへんなものがありますが、そんな中でも綺麗に開花した花には思わず見入ってしまう魔力があります。
「トサノクロムヨウラン」は一般に「クロムヨウラン」と称されることも多く、図鑑やウェブ上でも区別が混乱している場合があります。
ちょうど、「サガミラン」と「サガミランモドキ」のような感じです。
従来から「クロムヨウラン」として登録され認識されてきたランは、花が蕾の状態から開花することなく自家受粉のみで結実するという変わった特徴をもっています。
ちょうど、スミレ類や「キッコウハグマ」などの閉鎖花のような感じですが、それが「必ず」というのが「クロムヨウラン」なのです。
それに対して高知県で見つかり「トサノクロムヨウラン」とされてきたものは、花が開花して結実する普通の生態のものであり、広く分布する別変種であると判りました。
とてもややこしいことに、「トサノクロムヨウラン」は関東以西から屋久島までの全国に分布する普通種なのですが肝心の土佐(高知)ではかなり稀なようなのです。
しかも、土佐(高知)においては、開花しない「クロムヨウラン」のほうがメジャーな存在なのだそうです。
従ってこの両者の名前を入れ替えれば一番妥当で収まりがよいと思うのですが、一度公式に命名された和名をほいほい変える訳にもいかないでしょうし、そもそも上記の両者が別々に存在するとされたのが1981年と比較的最近のことで、なおかつその後も続いた誤解や混乱が解明整理されたのが何と2018年なので、未だに一部で混乱が続いているようなのです。
高知県:絶滅危惧ⅠA類(CR)