(おうみせんりどう)
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新潟県糸魚川市 (全長?m 高低差405m 観光部分なし)
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眼の下にぽっかりと口を開ける青海千里洞。
5次にわたる探検隊の調査で、1968年に最深部が極められたが、その後は人跡未踏となっている、日本第二位の竪穴鍾乳洞である。
数十年も前から、名前だけは知っていてもほとんど何の情報も得られなかった、自分にとっての憧れと怖れの対象のホンモノが今、目の前にあった。
冷気漂う千里洞の洞口。
ごく簡易な安全柵は今シーズンより設置された。
膨大な見えない冷気の塊がときおり吹き上がってくる。
温度差の激しい夏には、霧を吐き出すこともあるようだ。
洞口の手前には、今シーズンより簡易な柵が設置されているが、ガイドさん曰く、人がそれより先に行かないための目じるしの柵で、安全防護のためのものではないので寄りかかったりしないようにとのこと。
滑りやすい草付きのヘリからうっかり落ちたら一巻の終わりである。
写真を撮りに周りに群がる人々も、皆何となく腰がひけながら精一杯覗き込む。
「押すなよ、絶対押すなよ」と、なんかのお笑いネタにあったが、お笑いどころではない。
千里洞洞口上方の全景。
上からの沢ルンゼがそのまま洞内に繋がっている。というより、これももともと洞内の一部だったのだろう。
大雨が降ったら上から滝となり、まさに凄絶な排水口と化すだろう。
この、日本有数の竪穴も、昔は「小穴」という名称で知られていた。
関西大学探検部が調査し、大洞窟であることが判った際に「青海千里洞」と名づけられたが、果てしなく続くという意味と同時に、大学が大阪の千里山にあったことから名づけたという。
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関西大学探検部の記録によると、この洞口からほぼ垂直の竪穴が約65mあり、その下の小ホールから斜めに、幅25m、長さ100mの洞内大雪渓!が30度くらいの傾斜で続き、一旦狭くなる。
そののち、雪解け水混じりの水温2.5度の冷水が70mの滝となって落ちている。
この「孤独の滝」の落ちたところが、直径90mx40m、高さ40~90mの大ホール「柩鳳の間」となる。
大空間の片隅にある、人ひとりもぐり込める横穴に入り少しの間匍匐前進で突破し、広くなった曲がりくねった横穴を数百m進み、階段状の斜洞と狭い竪穴を下っていくと、
最後は55mの滝の中を垂直の空中下降してついに底に着く。
底は直径10mくらいのプールとなっており、大量の水は細い横穴とプールの底の石の隙間から流れ出ているらしい。
関西大学探検部の第4次調査の際には、アタック中に集中豪雨にあい、60時間も洞内に閉じ込められ一時的な晴れ間に脱出したことがあった。
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自分はこんな竪穴の底には絶対入りたくないが、いつか規制が緩和されて、最先鋭の探検チームが再び調査に入って新たな発見をしてもらいたいものである。