青海マイコミ平洞穴群

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新潟県糸魚川市 (標高約700-800m)WEB
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新潟県糸魚川市に黒姫山という山がある。

あの北信五岳の日本百名山の黒姫山(2,053m)とは別の山で、日本海にほど近い糸魚川市の標高1,221mの「青海黒姫山」のほうである。
山全体が石灰岩でできており、山腹が露天掘りによる明星セメントの石灰石鉱山となっている。

この山の南東側山腹、田海川源流地帯は石灰岩台地のいわゆるカルスト台地となっている。
ただし、秋吉台や平尾台といった有名なカルスト台地のような闊達な明るい高原ではなく、日本海豪雪地帯特有の密林地帯の陰鬱なカルストである。

山の尾根に囲まれた全体が平たい溶食窪地(ポリエ)となったこの谷間は「マイコミ平」と呼ばれ、標高700-800mの深い樹林の中に無数のドリーネを有している。
この台地に降った雨水は全て無数の吸い込み穴から地下に流れ込み、田海川上流から中流は完全に水が干上がった涸れ谷となっている。
田海川上流の水が地底に流れ込む代表的な吸い込み穴(ポノール)に、「大マイコミ」「小マイコミ」「新マイコミ」などがあり、水が「舞い込む」ことから名付けられたようだが、「マイコミ平」の名称もそこから来ている。

以前、この地の情報が謎ばかりだったころは、人が「迷い込む」ところという意味かと思っていた。
人跡未踏の原生林の中に、無数の竪穴がトラップのようにそこいら中に開いている恐ろしい台地…。

地表から地下に浸透・流入した水は、最終的には3kmほど下にある「福来口大鍾乳洞」の洞口から流れ出している。
いわば、秋吉台に降った雨が秋芳洞から流れ出すのと同じことだが、あの壮大な秋吉台の石灰岩層が厚さ100mあまりであるのに対し、ここの岩層は約1,000mもあり、日本一の厚みを有している。
そこに流れ込む水流は、深い竪穴の鍾乳洞をつくり、今まで判明している日本の最深竪穴洞窟の1位から4位までが、この狭い地域の中にあるのだ。
もちろん、存在する無数のドリーネや吸い込み穴を考えれば、未だ発見されていない竪穴はそれこそ無数にあると考えられ、それらが地中深くで関連しあい、最終的に巨大な横穴または地下水路となって福来口鍾乳洞の奥に繋がっているはずである。

森の中に多く存在するドリーネや洞穴、豪雪地帯であることによる豊富な残雪などにより夏でも冷涼な気候が保たれ、標高700mほどしかない場所に、2000-2500mクラスの場所に生える高山植物が見られる。
また、大きなドリーネの中では下へ行くほど北方系の植物が現れるという植生の逆転現象がみられることが珍しく、貴重な原生林となっている。
1984年には新潟県の自然環境保全地域に指定されている。

極めて特殊な地形とその生態系を保護するため、また石灰岩鉱山の採掘場に隣接する私有地であること、複雑な地形と深い森、無数の洞穴による遭難の危険性、そして何より過去の遭難騒ぎにより、現在まで30年以上実質立ち入り禁止となっていて、一般にその情報も極めて限られ、ある意味日本一の秘境ともいえる場所になっていた。


自分がこの鍾乳洞WEBを立ち上げた当初も、鍾乳洞関係のいろいろな情報収集をする中で、日本の大鍾乳洞ランキングなどに竪穴1位以降、名前はたくさん出てくるものの、実際にそれがどこに有るのか、どんなところなのか、全く判らなかったし、確実に情報が統制されていたらしいのが実情だった。
県別の全国鍾乳洞リストなどにも、それこそ新潟県には大きな鍾乳洞が存在しないことになっていたりしていたのだ。

実際には前述のとおり、日本一の竪穴鍾乳洞群を多く擁する無二の場所なのであった。
これらの洞穴を探検調査した主体は、ほとんど関西大学探検部であり、1965年~1975年にわたり第12次まで調査を行い、竪穴ゆえの非常な困難と危険を乗り越えながら次々と日本一の深度レコードを更新していった。
吸い込み穴であるこれらの洞穴では、技術的な困難もさることながら雨による増水が一番の危険だが、彼らも何度か遭難直前の危機をくぐり抜けてきた。

そして1976年、某ケービングクラブが最深の白蓮洞を探検調査に入った際、折からの大雨に見まわれ11人が出洞不能となり救助を要請、地元消防と県警機動隊の出動による必死の救助活動が行われ、新聞やマスコミによる大センセーショナルな報道が流された。
数日後、幸い全員が無事帰還したが、それ以来この一帯は立ち入り禁止となってしまった。

おそらく、人口1万人程度の当時の青海町という小さな町にとって、この全国の注目を浴びた大規模遭難騒ぎは計り知れないショックだったろう。
交通も不便な山中での極めて難度の高い救助活動、全国から押し寄せるマスコミ取材、地元にとって、他所から物好きがやって来てたいへんな迷惑を引き起こす可能性のあるマイコミ平と洞窟群は、外部に語るのをタブーとして封印しようと動いたことも想像に難くない。

まして、石灰岩鉱山開発は地元の一番の産業の要なのだから、その足を引っ張るようなごたごたは勘弁蒙りたかったろう。


こういった状況が変わってきたのは、2005年、平成の町村合併により青海町が糸魚川市に編入されてからである。

フォッサマグナと自然環境を活かした観光開発に力を入れはじめた糸魚川市が2009年に、日本で初めての世界ジオパークの認定を得ることができたため、極めて特異で珍しい自然環境であるマイコミ平を、自然観察に適したジオサイトのひとつとして、2011年から一部公開を始めたのだ。

公認ガイドの案内のもと、限られた人数の団体のみ見学できるようになり、2014年現在、「マイコミ平ツアー」は、年間約200人(1回20人×約10回)のみのキャパシティで行われている。
ただし、僅かな定員に全国から申し込みが来て予約が取りにくいので、「幻のジオサイト」とも言われている。

去年の秋、はじめてこのツアーがあるのを知って、すぐ問い合わせてみたが、すでに年内の全日程が予約で埋まっていた。
今年は夏の早い時期から予約申し込みをしておいたので、念願の秘境に入ることが叶ったのだった。

行ってみてはじめて解ったが、長らく封印されていただけあって手付かずの森の貴重な自然が残されているし、たいへん複雑で険しい地形ゆえ、単純な一般開放は無理であり避けるべきで、今のエコツアー形式がとりあえず一番望ましいのだと思う。

1回20人の定員にも意味があって、それ以上大きなバスは、険しい林道と横幅ぎりぎりのトンネルを物理的に抜けられないのである。
また、豪雪地帯ゆえに、7月下旬までドリーネや谷間などが残雪に埋まっていて、それ以前の一般ツアーは不可能で、入れる期間が限られるのだ。
逆に秋の遅い時期も、新雪や熊の出没などが考えられるかもしれない。

ちなみに、ガイドツアーとはいえ、ルートは歩く距離こそは短いが足もとはけっこう厳しく、できれば本格ハイキングから中級登山の経験がある人のほうが望ましく、全く未経験の観光客ではかなり危険かもしれない。
今現在のところのツアー内容では、全くアウトドア経験に無縁な人を連れていくのはちょっと無謀な面も感じる。

かといって、遊歩道の完全整備など何億円もかかるだろうし、ここの原生自然の良さを殺してしまうことにもなりかねない。

今後は徐々に観光資源としての開発が模索されることだろうが、なんとか保全と利用のバランスをうまく構築して頂きたいものである。
この日本に無二の地質と自然を表わす貴重な学びの場を何としても守りつつ、多くの人びとが純粋な好奇心で経験できるよう、心より切に願うものである。

ジオサイトツアーでの探訪記は次へ

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>>> マイコミ平探訪記

マイコミ平と地下水流の概念図
マイコミ平と地下水流の概念図

深さ日本第1位から第4位までの鍾乳洞が、マイコミ平の狭い範囲に存在している。
深さ日本第1位から第4位までの鍾乳洞が、マイコミ平の狭い範囲に存在している。

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黒姫山周辺は、異様に凹地表記が密集している。 多くはドリーネ的なものと思われる。
黒姫山周辺は、マイコミ以外の地域でも異様に凹地表記が密集している。
多くはドリーネ的なものと思われる。


マイコミ平の位置 -新潟県の西端、黒姫山と明星山の間に位置する-


>>> マイコミ平探訪記