突然現れた、深い谷間への急峻な下降ルート。
太い鎖とともに、かすがい状の足場金具を打ち込まれた岩場を慎重に降りる。
ドリーネといっても、秋吉台で見てきたドリーネは、おおむね草地の丸いすり鉢窪地だったが、これは沢登りで源流部の谷をゆく感覚に近いかもしれない。
しかし、水流の音はしない。
ドリーネの底へ急斜面を降りると底には瓦礫や倒木が散乱している。
ドリーネの底は瓦礫と倒木で足場が悪く、小さいながら一部雪渓も残っている。
さすがに冷気と湿気が溜まっているのを感じられる場所である。
普通の谷を行くのと違い、ドリーネの底という先入観があるので、はっきりしない道から外れた瓦礫の上などは、足元に穴が開きそうで不気味である。
ドリーネということで、草原のすり鉢をイメージしていたが、岩壁に囲まれている。
底部分を横断すると、今度は対岸の滑りやすい急斜面を登る。
対岸側は低い草花があちこち見られる、湿地状の低い急斜面。
このあたりが、ドリーネの冷気による特殊植生の高山植物群落がみられるところである。
標高680mぐらいのこの場所に、2000mクラスの植物が群落し、しかも周りの高いところには見られないという、標高差の逆転現象が生じている場所なのだ。
もっと簡単にいえば、天然の冷蔵庫の中で高山植物を栽培してるようなものだ。
ドリーネ内とその周辺の植物
ウサギギク(キク科:Arnica unalascensis var. tschonoskyi)
もう花期がとっくに終わっているはずの時期なので散りかけていますが、アルプスや東北ではお馴染みの高山植物です。
ドリーネ内の特殊な寒冷気候のせいで、標高700mばかりの樹林地帯なのにこの時期見られるのです。
ムシトリスミレ(タヌキモ科:Pinguicula vulgaris)
これは、「スミレ」の名を付けられていますが、スミレではなく、「タヌキモ科」の食虫植物です。
花の印象がスミレに似ているというだけで、葉は全く違うものとなっており、表面は粘液で覆われ、貼り付いた小虫を消化吸収します。
この花は亜高山の岩場に見られ、高山植物に近い見方をされることもある山岳植物ですが、ここ青海黒姫山中腹では、石灰岩のカルスト地形による特殊な寒冷気候のため標高700mほどのところに生息しています。
流石に花はもう終わりでほとんど散っていましたが、通常の花期は6-8月ということですから、花期もここでは遅くずれ込むようです。
クガイソウ(オオバコ科 学名:Veronicastrum japonicum)
綺麗な藤色なのですが、似た花序の「サラシナショウマ」の白に比べると意外とあまり目立ちません。
高山植物というわけではありませんが、山地や高原の花です。
花期も終わりなので寂しげな風情ですが、9月中旬でまだ咲いているというのは、ここの特殊気候のせい。
この写真では判りにくいですが、葉が5-6枚づつ輪生して何層にも段々になっているので、「九階草」という語源になったという説があります。
オクヤマガラシ(アブラナ科 Cardamine torrentis)
クレソンなどに近い仲間で、中部地方の山地の湿った土地に生える草で、4弁の白い花をつけます。
季節的に花はもうほぼ終わりです。
ネーチャーガイドさんが葉を食べてみろというので齧ってみると、これがけっこう辛い。
ホースラディッシュとかにも近い仲間なので、ワサビ的な辛さがあります。
アブラナ科は、からしやダイコンなど多かれ少なかれ、辛味成分をもっているそうです。
ハクサンシャジン(キキョウ科 Adenophora triphylla var. hakusanensis)
野山に見られるツリガネニンジンの高山型変種とされ、タカネツリガネニンジンとも呼ばれる。
低地のツリガネニンジンよりも花の色が濃い。
これも季節最後の咲き残りのようです。
コタニワタリ(シダ植物 チャセンシダ科 Asplenium scolopendrium)
オオタニワタリの仲間は、沖縄の密林など樹上に着生する南方系の植物ですが、コタニワタリは全国幅広く分布します。
むしろ寒冷な山岳にあるイメージですが、ここ糸魚川黒姫山にも元気に茂っていました。
羊歯の仲間の中では一番シンプルな葉のつくりで、葉が綺麗なので観葉植物としても栽培されるようです。
どうも、奥秩父とかの沢沿いでよく見る気がするので、そもそも石灰岩が好きなようです。
ドリーネの特異な植物相を観察したあと、対岸の細い尾根に上り、その先の窪地に向かう。
その窪地の中に、あの青海千里洞の洞口が開いていた。
狭い斜面の先には、ついに千里洞の洞口が!